一門の歴史

松鶴一門(しょかくいちもん)は、上方落語の復興に尽力し、昭和の「上方落語の四天王」の1人である六代目笑福亭松鶴を師と仰ぐ落語家の一派のことである。
六代目松鶴は、父である五代目松鶴に入門。兄弟弟子には松之助がいる。
一門は、孫弟子曾孫弟子まで含め、総勢50名以上。

松喬略歴
6人兄弟の三男として生まれた松喬は、12歳で父を亡くす。幼い頃、その父に連れられて、神戸松竹座に通うようになり、演芸のファンになる。その後、六代目笑福亭松鶴の「相撲場風景」を聴いて「これなら自分でも出来る」と思い、昭和44年1月、松鶴に五番弟子として入門(笑福亭仁鶴・笑福亭鶴光・笑福亭鶴瓶などは兄弟弟子にあたる)。落語の知識は少なく、また不器用で稽古でも覚えが悪く、そのうえ出身が兵庫県小野市でなかなか「播州訛り」が抜けず、毎日のように師匠から、「あほんだら、ボケ、カス、役にたたんガキ」と一番罵声を浴びた弟子であった。

松喬の襲名は、師匠・松鶴の死の直前に言われたもの。角座で3日間に渡る襲名披露興行を行った。その後は独演会、松喬一門会を開くほか、噺家修業や人間関係をテーマにした講演会を行ったり、役者としても活動していた。

年表
1969(昭和44)年1月18日 六代目笑福亭松鶴(51才)に鶴三(松喬)(17才)入門
1983(昭和58)年4月  鶴三(32才)に笑三(現・三喬)(22才)入門
1987(昭和62)年1月  道頓堀浪花座で六代目笑福亭松喬襲名
1991(平成3)年1月7日 松喬(39才)に遊喬(27才)入門
1991(平成3)年3月17日 松喬(40才)に生喬(23才)入門
1991(平成3)年8月1日 松喬(40才)に喬樂(24才)入門
1992(平成4)年9月 松喬(41才)に右喬(18才)入門
1998(平成10)年4月1日 三喬(37才)に喬若(24才)入門
1998(平成10)年11月1日 松喬(47才)に風喬(25才)入門
2005(平成17)年6月1日 三喬(44才)に喬介(24才)入門
2007(平成19)年2月15日 生喬(39才)に生寿(24才)入門

wikipediaより

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